安喜万佐子  2023年5月4日(木)- 5月28日(日)

安喜万佐子「時の霧―近江景」
 
2023年5月4日-5月28日
13時-19時(最終日は17時まで)
月・火・水休廊
 


時の霧 - 近江景 / 安喜万佐子
 
パンデミックにより世界中が移動制限に見舞われる中、私は海外でのリサーチを中断し、さらに欧州で戦争が始まるなど混乱の背景もあり、生活圏から比較的近い地域である「近江」に関心を向けるようになった。
 
まず、古人が「近江八景」を描いたであろう場所に立ち、そこから見えるものを、ゆっくり観察し、描くことから始めようと考えた。
 
広重の「唐崎の夜雨」に現れる、美しく、かつ異様な、大きい黒い松に惹かれていたこともあり、まずその場所に足を運んだ。現在の唐崎の松は、年老い、折れているのか曲がっているのか、地を這い、混乱するほど多くの支柱に支えられた複雑な姿で、湖岸の風にさらされていた。(*註1) 夕暮れ時に松がシルエットになり、そして、夜の闇に溶け込む時間帯にだけ、ようやく松の存在と交感しながら描くことができた。何度もその夕暮れ時に訪れた。
 
「堅田の落雁」を期待しても鴈がやって来ることはなく、「瀬田夕照」の大橋から三上山は見えなかった。結局、移動しながら三上山の姿を求めた。大型ショッピングモールが立ち並んだ「矢橋」には困惑さえしたが、それぞれの場所を何度も歩き、見て、描く時間は、その地に立ち込める「時の霧」に迷い込む貴重な体験となっていった。過去に同じ地を歩き、描いた人々とつながる静かな喜びは、現在の記憶と未来がつながること、未来が変わらずここにあることへの小さな祈りのようなものなのかもしれない。(*註2)
 
「八景」と謳われてはいないが、伊吹山にも度々訪れた。標高が高くなると霧に包まれることが多い。そんな中、人々がその現象に信仰を抱く普遍を感じながら、見えるものと見えないものの境が消えた風景を歩いた。
 
「時の霧」を彷徨いながら見ることは、他者の時間や普遍の記憶と少なからずつながることを意味する。それは、私が、絵画に求めてきたことに近い。見ることは、時間の中にある。そして、見ることには、時間がかかる。
 
(*註1)何度か通っている中で、その年老いた現代の唐崎の松は、記録上、奈良時代を初代とした3代目、約150年前に植えられたものだと知った。
 
(*註2)近江の景には、常に、水という生命の根源にも喩えられるものが寄り添っていた。そのことが「過去・現在・未来を内包した霧」を発想させ、それが立ち込めて動いているビジョンに結びついたのかもしれないと、いくつかの作品が完成を迎えた頃、気がついた。
 


安喜万佐子
 
1994 京都精華大学大学院美術研究科修了
2001 英国エジンバラ芸術大学 ゲストアーティスト(ART-EX・大阪府芸術家派遣事業)
2004 米国アーモスト大学 ゲストアーティスト
2015 米国スミス大学 滞在研究員(文化庁新進芸術家海外派遣)
2020 英国ロンドン芸術大学 ゲストアーティスト
 
■主な個展
2001「the presence between things」 ギャラリー手 (東京)
2001 Sculpture Court Gallery [エジンバラ芸術大学] (エジンバラ/英国)
2002「Edinburgh Project」大阪府立現代美術センター
2003 BASE GALLERY (東京)
2005「a ground」ギャラリー16 (京都)
2005 ギャラリー手 (東京)
2006 CUBIC GALLERY (大阪)
2006「a thousand years」ギャラリー手 (東京)
2009「蒸発する時間/ 結晶する場面」 ギャラリー16 (京都)
2011「Absence of Light -歩行と逆光-」 ギャラリー16 (京都)
2014「風景 - LANDSCAPE SUICIDE」The Artcomplex Center of Tokyo Hall
2015「白い影 / 三月の光」 ギャラリー勇斎 (奈良)
2015「光の趾音- Light treading the ground -」 ギャラリー16 (京都)
2016「影の足跡- traces of the shadows -」アートスペース羅針盤(東京)
2016「時の海・光の輪郭」 大和文華館・文華ホール(奈良)
2018「shadow scape - forest west, lightning east」ギャラリー勇斎(奈良)
2018「暁の石 / 沈黙の水鏡」The Artcomplex Center of Tokyo Hall (東京)
2020「Chaos from Order〈時の庫〉」京都場 +「Order from Chaos〈明日の地層〉」ギャラリー16(京都)
2022「時の海・明日の地層 - Sea of Time, Future Strata」FEI ART MUSEUM YOKOHAMA(神奈川)
2023「光の行進 - うつされた時・うつされない像」ギャラリー16(京都)
2023「時の霧 - 近江景」2kwギャラリー(滋賀)
 
■主なグループ展
1997 / 1998「絵画の方向」大阪府立現代美術センター
1999「VOCA展 - 新しい平面の作家たち」上野の森美術館(東京)
2000「京都市新鋭美術選抜展 2000」京都市美術館
2000「INCUBATION 00」京都芸術センター
2001「京都府美術工芸選抜展」京都府京都文化博物館
2002「VOCA展 - 新しい平面の作家たち」上野の森美術館(東京)
2004「Confronting Tradition」スミスカレッジ美術館(MA / 米国)
2005「City_net Asia」ソウル市立美術館(韓国)
2008「Out of Sight, Still in Mind」Gallery Hangil (パジュ / 韓国)
2010「GOLD EXPERIENCE」Hyun Gallery(ソウル / 韓国)
2011「風景の逆照射 Inverse Perspective Project」京都精華大学 Gallery Fluer
2013「Collecting Art of Asia」スミスカレッジ美術館(MA / 米国)
2013「GOLD EXPERIENCE」愛知県立芸術大学サテライトギャラリー
2013「Inverse Perspective Project(モスクワビエンナーレ特別プログラム)」ロシア近代史博物館(モスクワ)
2016「超克する少女たち2」CAS(大阪)
2018「KIMIKO YOSHIDA & MASAKO YASUKI」RuArts Gallery(モスクワ)
2019「未景展」御寺泉涌寺(京都)
2021「国宝のある芸術祭 2021」総本山仁和寺・京都
2022「きがふれて vol.2 - Mad for Trees」 ギャラリー16 (京都)
2022「京都場5周年展」京都場
2022「Seika Artist File #1 ゆらめくいきものたち」京都精華大学 Gallery Terra-S
2023(予定) 佐川晃司 x 安喜万佐子「絵画:想起のかたち」奈義町現代美術館(岡山)